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仇敵

Avenger



「あなたは捕虜を尋問するとき、いつもあんな調子なんですか、リチアルド?」
 書斎の扉を潜ると同時に、エクレイドは尋ねた。
 騎士長は微笑して、愛用の椅子についた。表情はエクレイドのよく知った温和なものだったが、心なしか、疲れているようにも見えた。
「時と場合と、相手にもよるのだよ、エクレイド。……さて、これを見てくれ」
 彼は机の上に『南の西サテオル=イリュ』地方一帯の地図を広げた。印の付いた一点を指し、説明を始める。
「つい数日前、この周辺で暗躍する盗掘者の組織の拠点に関する情報が入った。以前、アデッサで発見された、古井戸を暴いた奴らだろうと思われる」
「盗掘者……ですか」
 顎に手を当て、エクレイドは呟きを返した。
 盗掘者は、神殿にとっては宿悪とも言える。以前から、その存在には悩まされているのだ。
古い文明のあった土地で見つかる遺跡には、時として、歴史的な価値を持つ品や、好事家の欲しがる変わった代物など、様々な物体が眠っている。盗掘者はそれらを違法に掘り出して、密かに流通させることを生業にしているのだ。
 ただそれだけのことなら、問題は俗世の法の管轄であって、あえて神殿が追い回すことはない。だが遺跡の中には、前王国時代と呼ばれる、ラルギネア有史以前のものもある。
 遙か昔、王国の誕生以前。六神殿では口に出すことも憚られているが、〈旧神〉と呼ばれる異法の神々が世界を支配していた時代があった。
 六柱の神々と敵対し、現界を追われるまで、その古き神々は恐ろしい力をもって、死すべき定めのものどもを領していた。少なくとも、六柱神の神殿ではそう信じられている。
 時折発見されるその時代の遺跡には、地中深く埋もれていたために、古の摂理にとらわれたままの、得体の知れない力や効能を持つ品物が多く残されているのだ。
 盗掘者たちは、それらの品を高額で取り引きする。忌まわしい旧時代の遺物が、往々にして恐ろしい現象や事件を引き起こすと知りながら、世の中に垂れ流しているのである。
 六柱の神の秩序を護ることを課せられた神殿の人間にとって、異法の撲滅は常に課せられた使命である。神殿騎士団が盗掘者集団を許し難い悪業として見做すのは、故に当然の出来事なのだ。
「我々は近くその拠点を襲撃する計画を立てている。このウェブロスと、トリオールの騎士たちをその任に当てるつもりでいた」
 だが、と続け、騎士長は問題の書状を開いた。
「この報せは今朝届いたものだ。そして、ほとんど同時にラキリムがやって来た。どういうことか分かるか?」
「襲撃の計画が漏れているということですか? 標的である集団に奴……ブラッソンとやらが属していて、あなたを足止めしようとした。それで、でたらめを吹き込まれたラキリムが現れたと」
 騎士長は地図から顔を上げ、女騎士を見た。
「こうなっては、一刻の猶予もならん。いささか拙ないが、機を逸するよりはましだ。率いられるだけの騎士を率いて、目標地点に向かう。今回のきみの相棒は、私が務めよう。術の腕は、リンドグレンにはとうてい及ばないが、な」
 リチアルドの発言に、エクレイドは驚いた。
「本気だったんですか。副官云々の話は」
「勿論だとも。さすがに今回は、私も一人で行動するような自信はないのだ。手助けが必要だ。できればリンドグレンにも居てほしかったのだが……仕方がない。きみには、せっかくの休息を割かせてしまうことになるが」
「そんなことは構いませんよ、リチアルド。わたしはじっとしているよりも、動き回っているほうがいいんです」
 彼女の笑みに、釣り込まれるようにして、一瞬、壮年の騎士長の口元も緩んだ。薄水色の瞳に浮かんでいたのは、感謝の念と、かつて傷ついた事実に耐えようとする苦悩のかけらであった。
「それでは、準備を始めよう。遅くとも、日没までにはここを出発していたいからな」
「そうですね。それじゃあ、手の空いている者を集めてきます。夕べの礼拝までには、門前に整列出来るようにしておきますよ」
「ああ。……エクレイド」
 騎士長は呼び掛け、何ごとか告げようとし、そして黙った。彼は首を振り、行くように仕草で示した。
 エクレイドは礼をとり、騎士長の書斎を去った。
 彼女は、言いたいことは遠慮せず口にする性分だった。だが相手が言いたくないと感じていることを、無理に訊きだそうとする趣味の持ち主ではない。
 言葉は心に通じる。それを開く権利があるのは、当の本人だけなのだ。






 盗掘者の拠点襲撃部隊は、十二名の騎士と、七名の騎士見習い修練者で組織された。
 まだ日の傾き始めの頃、彼ら二十二名は東へ向かって出発した。先頭を行くのは、騎士長リチアルドとエクレイドである。その後を、熟練の騎士が続き、真中に修練者たちを挟んで列尾をまた、熟練者たちが固めた。
 エクレイドは、時々列の中央を気にして振り返った。
 実戦経験の少ない見習いたちの様子を案じたからではない。彼らは皆熱心に修練を積み、努力を怠らない良い戦士だ。彼女の意識の隅に引っ掛かっているのは、取ってつけた無表情で馬を走らせる、ラキリムのことだった。
 準備に奔走する彼女と騎士長の元に、彼からの申し入れがあったのは、あの会見から一刻程後のことである。
「おまえの言い分を、頭から信じることなどできない。父を殺したという男を捕らえに行くのなら、俺も行く。自分の目で真実を確かめなければ、気が済まない」
 リチアルドは黙考したあげく、条件付きで彼の同行を許した。すなわち、側にいる騎士の下す指示を絶対に守ること。彼はそれを受諾し、討伐隊の列に加わったのだった。
 目的地への道程は、走り通しても丸一日かかる。
 ウェブロスの一行は目立たぬよう街道を外れ、用心しながら進んだ。昼夜分かたず駆け続け、次の日の夜、目指す場所の手前で、休息をとった。
「奴らはこの山の中腹にある洞窟に巣くっている」
 騎士たちを集めて、リチアルドは最後の打ち合わせを行った。
「隊を三名ずつ、六つに分ける。それぞれ騎士が二名、修練者が一名だ。これをさらに二つに分け、山の北側と南側に配置する。配置後は、周囲の警戒を怠るな。麓に下りてきた盗掘者たちを、一人残らず捕らえるのだ」
「騎士長閣下、それでは拠点の襲撃は誰が……」
「上へは、私とエクレイドとで登る。我々が奴らを追い落とすまで、皆は所定の位置で待機しろ」
「しかし騎士長、二人では危険です。せめてもう一組、上にあげては……」
 タート・ベウロンの提案を、リチアルドは頭を振って却下した。
「これ以上、包囲網を薄くすることはできん。案ずるな。こちらには騎士貸与剣ローラ・カラトスを持った拝領者がいる。下手をすれば奴ら、山を下りることもできんよ」
「大丈夫ですよ。わたしにも、皆に分け前を残しておくくらいの分別はあります」
 エクレイドの軽口が、一同の間に笑いを広めた。
 各班の組み合わせと配置を決め、軍議は早々に終わった。
「しかし、今回はまた急な使命だな」
 野営の支度を眺めながら、ベウロンが嘆息した。簡易天幕を張り、見張りの位置を定めるのは、訓練をかねて修練者の仕事である。エクレイドは年上の友人の傍らで苦笑した。
「まあ、『時間は金と同じく貴重だが、溜めることは出来ない』と言いますからね」
「格言とは、らしくないじゃないか?」
「リンドグレンの影響でしょう。彼の頭は書斎と同じだから」
 ベウロンは小さく笑って、右頬に手をやった。何か思うところがあるとき、彼はいつもそこに刻まれた深い傷痕に触れるのだった。
「何です、ベウロン。何か心配事でも?」
「いや……な」
 瞬間、彼は言葉を濁したが、思い直したように女騎士に視線を寄越した。
「きみとリチアルドのことだから、杞憂というものだろうが。……リチアルドが今も拝領者であれば、と思ったんだよ。騎士剣が二振り揃っていれば、我々も気を揉むことはないのに」
「ちょっと待ってください、ベウロン。何ですって?」
 エクレイドは慌てて友人の言葉を遮った。完全に、虚を突かれたのだ。
 ベウロンは、訝しげな表情で、彼女を見返した。が、すぐに彼女の反応の原因を悟ったらしい。意外そうに訊いてきた。
「知らなかったのか。リチアルドは、かつてはきみと同じ、騎士貸与剣の拝領者だったんだ。十年以上も前に、自ら返上してしまったのだそうだが」
「……初耳ですよ」
「彼は、多くを語らんからな。だが、彼は最高の騎士長だ。我々の」
 エクレイドは頷きで賛意を表わした。そのことに異論などない。
 しかし、彼女の脳裏には、初めて見るリチアルドの横顔の数々が浮かんでいた。
 彼が一体どのような人生を送ってきた人間であるのか、自分はそれを知ろうとしているらしい。
 エクレイドの中に映し出された幾つもの彼の面影は、まだ微妙にずれがあり、一つに重なってはいない。だがそれも、きっと、今しばらくのことなのだ。彼女は漠然と感じていた。






 日が昇る前に、騎士たちは野営地を後にした。
 盗掘者たちに気付かれずに近づくには、普段は恩恵である太陽神の輝きが、不利にはたらいてしまうからだ。
 エクレイドは、ラキリムと馬を並べていた。
 彼は就寝前の軍議の後、騎士長に強行に主張し、彼女らと共に山上に登ることを認めさせたのだ。それを聞いたときは、さすがに彼女も難色を示した。というよりも、単純に困ってしまったのだ。
 ベウロンも案じた通り、彼女らの役目は非常に危険なものだ。だが、二人が互いを補えば決して無理なことではない。
 そういう目算で成された編成に、ラキリムが加わるとなると、全く話が違ってくる。
 彼は騎士訓練を受けていない。
 それは単に戦闘訓練のことだけをいっているのではない。使命を果たす際に誰もが肝に銘じている行動の大前提、身の処し方。何より上級者の命令に従いながら自分で判断を下すこと、これらを学んでいないということなのだ。
 彼を守りきれというなら簡単だ。目的の拠点襲撃なら成功させられるだろう。しかし二つを同時に行えといわれれば、無理だといわざるを得ない。
 結果的にリチアルドは折れた。が、彼は厳しく警告した。
「そこまで来たいというのなら、私も止めまい。だが、これだけは覚えておけ。我々の目的は盗掘者集団の壊滅だ。他の何事もそれに優先しない。おまえを守って闘う余裕などないのだ。自身の生命は自身で守れ。例えおまえが上で命を落としても、私もタート・エクレイドも全く関知しない」
 ラキリムは引かなかった。ここまでくると、エクレイドも呆れてしまった。
梃子てこでも動かないとは、ああいうことだな。ブラッソンとやらは、どうやってあの一徹者に自分の言うことを信じさせたんだろう」
 騎士長は、溜め息をつく彼女に向かって、微かに笑った。
「彼は、己の父の死を、いまだに受け入れきれていないのだ。だから心を動かされた。……彼が今も深くルーテッドを尊敬し、愛しているという、証拠だよ」
 その表情は、追憶の色を帯びるとともに、どこか寂しそうだった。
「あなたは、家族を持たないんですか、リチアルド?」
 思ったことを、彼女はそのまま口にした。〈献身〉や〈純潔・未婚〉の誓いをたてている、もしくは、相手が兄弟たる聖職者以外ならば、聖籍者にも結婚は許されている。少なくともリチアルドは、前者ではないはずだった。
「……相変わらず、きみは率直だな」
 驚きに見開いた目を、リチアルドは優しく和ませた。
「ただ単純に、そんな気になれなかっただけなのだよ。……家庭を欲しいと、一度も思わなかったわけではないが……」
 そこまで呟くと、彼はおかしそうな笑い声をたて、女騎士を顧みた。
「ならば、私も質問させてもらおうか。何故、きみは純潔の誓いなど立ててしまったのかね?」
「意地が悪いな、あなたは」
「これが戦略というものだよ、エクレイド」
「分かりました。今度から、あなたと議論をするのはやめにしますよ、閣下」
 騎士長の顔色がほんの少し良くなったのを確かめて、彼女はその場を離れたのだった。
 ……エクレイドの隣、いまだ濃い暗がりの中で、ラキリムは唇を固く結んで馬を駆けさせている。
 彼女は、彼の元へ馬を寄せた。
「ラキリム。きみは頑固だが公平な人間だ。そのことは認めるけれど、決して無茶はしないでくれないか。もしもきみが父上と同じ運命を迎えたら、きみの家族以外にも、悲しい思いをする人がいるだろうから」
 突然語りかけられて、ラキリムは奇妙なものを見るように目を眇め、彼女を注視した。彼は正面に向き直った。そして言った。
「……あんたは、リチアルドを信じているんだな?」
「何が真実なのかは、さっぱり分からないけれどね。ただ、わたしはリチアルドを知っている。だから彼を信じている」
 ラキリムは返答しなかった。彼は馬腹を蹴って速度を上げた。
 夜明けはすぐそこまでやってきている。
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