城門前広場 > 領地への門 > 礼拝堂 > 魔術士リンドグレン
魔術士リンドグレン

Rindgren the Magus


「あの女伯爵、とんでもない役者だな」
 暗い玄室の壁にもたれながら、エクレイドは呟いた。異常な状況にも関わらず、ただ呆れかえったとしか思えない口調が、彼女らしい。
 リンドグレンは、たった今、自分たちと外界とを遮断した分厚い石壁を調べながら、そう思った。
 部屋の広さは二ガゼル(約四メートル)四方。天井の高さも、さほどではない。長身の彼が、とりあえず頭をぶつけずにすむ程度だ。
 空間は完全に閉鎖されており、地下であることもあって、ちらとも明かりを得ることができない。
「やはり、本当だったんだな。彼女が旧神を崇めているというのは」
 言葉の端に、回想の気配があった。落とし戸と壁面の隙間を指で探りながら、リンドグレンも、蛇のような印象の女伯爵のことを思い返した。
 グランス女伯シェイリアは、殊更に白い肌と、赤い唇の妖艶な貴婦人だった。蝋人形に血を掃いたようだというのが、リンドグレンの感想である。絡みつくような視線の持ち主で、主にエクレイドに向けられていたその凝視には、魔術的効力でもあるのではないかと錯覚してしまったほどだ。
 シェイリアは、館を訪れた彼ら神殿騎士を礼儀正しく歓待した。近頃彼女の領内を騒がせている行方不明者たちの話題を出したところ、風に吹かれた花のように震えたものだ。
 何か心当たりはないかと問うと、彼女は、実は先日、館に隠された地下があるのが発見されたのだと答えた。家人に探索させたところ、なにやら恐ろしい気配が駆け抜けて、地下におりていたものは高熱を発したあげく命を落としたのだと。
 夜になると時々、部屋の中にいても、得体の知れない恐怖に首を掴まれることがあります。……女伯爵は言った。わたくし、とんでもないことをしてしまったのですわ。領民たちを襲っている魔物は、きっとあれです。わたくしのせいですわ。
 シェイリアは例の視線で、エクレイドを見つめた。とうに三十を越えているだろうに、いや、だからこそか、求め訴えるその眼差しには凄まじいまでの迫力があった。
 しかしエクレイドは、女性からそういった態度をとられるのはよくあることだったので、気にも留めなかった。
 彼女は一見、爽やかで、活き活きとした、美しい若者の容姿をしている。そして、彼女の性別を視覚だけで見抜けるものはほとんどいない。
 シェイリアは、一瞬残念そうな色を瞳に浮かべ、白い頬に気弱げな微笑みを取り繕うと、彼らを件の地下に案内した。
 あれ以来、家のものは恐ろしがって、下へおりようとしませんの。自ら手燭をとって階段を下りながら、彼女は言った。
 隣を進むエクレイドを、吸い込みそうな目で見上げ、彼女は自分の肩を抱いた。……わたくしも。でも、これがわたくしの責任ですから。
 石造りの緩やかな階段は、螺旋を描いて二階分ほど続いただろうか。足元が平地になり、封じられていた時間を示す空気の古い臭いが、いっそう濃くなった。
 この部屋です、と女伯爵は言った。
 そこに足を踏み入れた瞬間、リンドグレンの背に名状しがたい悪寒が走った。前を歩くエクレイドに呼びかけようと思ったが、彼はとっさに背後を振り返っていた。
 深い喜悦をたたえた女伯爵の笑みがそこにはあった。
 彼の目の前で、入り口の扉……存在しなかったはずの重い石の仕掛け戸が勢いよく落ちた。壁の向こうで、狂ったような女の笑い声が響いた。
「間抜けな背信者ユルグたち! せいぜいそこで、死ぬまでおまえたちの偽神に祈るがいいわ。だけど、わたくしのデルウイを崇めるのならば、助かるかもしれなくてよ?」
 女伯爵はそう言い捨て、去っていったのだった。今でも甲高い声が、耳に残っている気がする。
 エクレイドが溜息をついた。
「デルウイというのは、確か、悪鬼ルエングの……?」
「〈九者〉のうちの一つ、〈けがすもの〉だ」
 リンドグレンは答えた。
 ルエングとは、旧き神々によって生みだされた異形の存在である。創造者の僕として、手足のごとく働く。なかでも〈九者〉と呼ばれるのは最も力を持った、名のあるものたちだ。
 女伯爵は、禁じられた旧き法にただ従うだけでなく、思いもよらぬ深みにまではまってしまっていたようだ。
 やはり扉と壁の間には、全くといっていいほど隙がない。逃げ道は、欠片も残しておかないということだ。彼は振り返った。闇に慣れ始めた目が、女騎士のそれとぶつかった。
「完全な密室だ。隙間の一つもない。彼女はおそらく、自分の邪魔になった人間をここに閉じこめていたんだろう」
 リンドグレンの説明に、エクレイドは頷きを返し、問うた。
「それで? どうやってここを出る?」
「普通の方法では、出ることはできない」
「つまり、『魔法』かい?」
 エクレイドはよく、この手の教育を受けていない素朴な民衆と同じように、魔術と法術を一緒くたにしてそう呼ぶ。彼女の言葉を、彼は冷静に否定した。
「いや。外から開ける以外に、ここを出る方法はない。そういうふうに、造られている」
 エクレイドが、目を瞠るのが分かった。
「どういうことだ?」
「この部屋では、一切の術が封じられている。……きみは感じなかったか? ここに足を踏み入れた瞬間に、六柱神のあらゆるリィンの力が途絶えたのを」
 己を襲った寒気を思い出し、リンドグレンは眉根を寄せた。あのとき、彼にはこの部屋が、神殿の人間が〈異法〉と呼ぶ旧神の秩序に支配されていることが感じられた。
 だからこそ、シェイリアは彼らをここに閉じこめたのだ。異法の檻に囚われた祈りは、六柱神には届かない。
「だけど、魔術は使えるだろう。あれは、神に依らない技術なんだから」
「……私が、試してみなかったと思うか?」
 リンドグレンは首を振った。
「それはまた、別の方法で封じてある。おそらく、何らかの手段が講じられているのだろうが……」
 女騎士は絶句したようだった。考えあぐねたあげく、彼女は訊いた。
「ローラ・カラトスを使っても、駄目かな?」
「通常の状態で、この厚さの岩を砕くことができるなら、あるいは可能かもしれない」
 彼女は天を仰ぐ仕草をした。だが、そこにあるのは深い闇だけだ。彼女は再び壁にもたれかかって、呟いた。
「参ったな。来るあてもない助けを待つしかなすすべはないってことか」
「それまで、生きていられたらの話だ」
 リンドグレンは嘯いた。エクレイドの想像以上に、事態は切迫しているのだ。
「この空間に蓄えられた空気の量では、一日保たせることもできないだろう。……閉じこめられたのが一人だったとして、だ。女伯爵は考えたのだ。我々をまともに相手にせず、効率よく始末する方法を」
 エクレイドが沈黙した。ふと、リンドグレンは後悔した。いつでも前向きで、どんな苦境にあっても希望を絶やさず、泣き言など頭に浮かべたこともない彼女に、どうしてこんな畳みかけるような言い方しかできないのだろうか。
 だが、しばらく後に、エクレイドはこう言った。
「きみがそういう言い方をするということは、脱出できる可能性は、あるにはあるんだね?」
 リンドグレンは驚いた。女騎士がそれを読みとって、肩をすくめる気配がした。
「きみは、不確かなことを言うのは嫌いだろう? もし本当に助からないのなら、わたしにそう言ったうえで、神に祈りを捧げ始めているはずだよ」
 当たっているだろう、と尋ねられ、見えないことを知っていながら、彼は頷くことしかできなかった。エクレイドは声を上げて笑った。
「さあ、その不確かな方法を、早く試してみよう。空気がなくなってしまわないうちにね」
 不思議な感覚だった。そのときリンドグレンには、息苦しいほどの異法の力が、薄らいだように思えたのだった。






「この部屋のどこかに、デルウイを象徴する何かが隠されているはずだ」
 神経を研ぎ澄ましながら、リンドグレンは歪みの核を探った。
「石像か何か……おそらく、かの悪鬼を象ったものだろう」
「それを見つければいいわけだね?」
 彼の向かっているのとは逆の壁側から、エクレイドの声がした。彼は肯定した。
「象徴を破壊してしまえば、我々の祈りはライファラスに届くだろう。そうすれば、神に祈りが届くようになる」
 室に実際入るまで、太陽神の法を阻害するほどの力は感じられなかった。つまり、この地下自体が旧神の秩序に囚われているわけではないということである。
 彼らを騙してのけたからくりを作り出す手段は、いたって簡単だ。祈りを捧げ、崇めた形代を、ここに安置すればいい。神殿の中で、礼拝の行われる聖堂が、最も神聖な場所になるのと同じ理屈である。
 簡単とはいっても、一条の光も射さない暗所で、手探りで捜し物をするのは、想像以上に困難だった。壁の一面一面を、リンドグレンは丁寧に、根気よく調べていった。
「リンドグレン」
 不意に、エクレイドが呼んだ。
「来てくれ。ここに、何かあるんじゃないか」
 声を頼りに、彼は女騎士の元に辿り着いた。彼女は彼の手を取って、あまり高くない、壁面の一カ所に触れさせた。
「ほら。ここの部分だけ、周りよりもへこんでいる」
 確かに、一リンガム(約三十センチ)四方に渡って、爪の先ほどのへこみが生じている。
 リンドグレンは、石材に触れたまま、集中した。玄室中に乱反射するようだった旧き法の力が、放射の形を示しているようにみえる。
「その可能性は、高そうだ」
 彼が言うと、エクレイドは石壁に耳をつけて拳で叩き始めた。声が腹の辺りから聞こえる。
「中に空洞がある訳じゃなさそうだけど……?」
 彼女が気合いを込めて、へこみを押した。すると、重い擦過音が響き、石材が奥にずれた。
「これは……?」
「隠し戸棚というわけか。よし、もっと押してみよう」
 エクレイドが渾身の力で、石を動かす。徐々にくぼみが深くなってゆき、それが一定の長さに達したとき、リンドグレンはまた、あの耐え難い悪寒が我が身を襲うのを感じた。
「うわっ……」
 さすがにエクレイドも、平静ではいられなかったようだ。その場を後ずさりながら、呻く。
「何だ、この……気持ちの悪さは」
 壁の様子は一向に見えなかったが、リンドグレンには全てを捉えることができた。石材の隙間から、実体を持った悪意が、風となって吹きつけてくるようだった。
 彼は意を決して、へこんだ壁の隙間に手を差し入れた。動いた石の隣の部分が一部空洞になっていて、そこに、冷たい金属の固まりが安置されていた。
 引きずり出しながら、視覚を閉ざされていて良かったと彼は思った。間違いない、デルウイの彫像だった。
「今ほどライファラスを選んで良かったと思ったことはないよ」
 エクレイドは憮然と言った。
「かの神はこんなに押しつけがましくない。品があるというものだ」
 リンドグレンは金属の彫像を床に置いた。跪いたまま、彼は女騎士に話しかけた。
「この像を、壊してくれ。場所は分かるか?」
「それこそ、目を閉じていたって分かるよ。……しかし、壊せるかな、これが」
 彼女の気持ちは理解できた。
「金属でできているが、ローラ・カラトスなら大丈夫だ。その剣には、こんな像とは比べものにならないほど長い間、ライファラスへの祈りが込められているのだから」
 彼の言葉に応じて、エクレイドが帯剣を抜いた。
「下がっていてくれ。思い切りやる」
 リンドグレンは指示に従った。
 涼しげに剣が鳴って、エクレイドの呼吸が止まった。次の瞬間、裂帛の気合いを込めて、神聖なる神殿騎士剣は振り下ろされた。
 破壊音が鼓膜を貫く。硬いものが飛び散る音とともに、重々しい不浄の空気が天井に吹きあがった。それは逃げ場所を求めるようにしばし漂っていたが、やがて、薄らぎ、霧散していった。
 リンドグレンは心の領域に意識をとばした。馴染み深い儀式語を、素早く編み上げる。
神よ、御加護をローラ・エイメン
 瞬きの間に、狭い玄室を光が照らし出した。エクレイドが、明らかにほっとした顔で、彼に微笑みかける。床に散らばった金属片を一瞥して、彼女は口中で祈りの言葉を呟いた。
「上手くいったようだね」
「とりあえずは、な」
 リンドグレンは、改めて室内の様子を観察した。ほぼ、初見で記憶したとおりの構造だ。彼は四方を見回してから、再び神に祈りを捧げた。
「〈偉大なる真実の神よ。僕たる我が目の前に、見えざる全ての力を現し給え〉」
 言葉を解放すると、瞬時にライファラスの御手が彼の瞼に触れた。視界に変化が起きた。部屋の床や壁の一部が、仄かに輝いて見えるようになったのだ。
 彼は隅の床に膝をついて、埃を払った。その下には、ともすれば見落としてしまいそうなまでに薄れかけた、赤い文字が並んでいた。
 血文字だ、というのが最初の判断だった。それは創世語オッドにより近い古代語で、精巧な組み合わせによって空間を制御していた。
 これは、女伯爵の技ではない。
 リンドグレンは考えた。もしこの文字を書いたのがシェイリアであるなら、一人で彼らと渡り合えたはずだ。彼は読みとろうと顔を近づけた。頭の上に、エクレイドの声が降ってきた。
「何か、手伝えることはあるかい?」
「いや」
 リンドグレンは即答した。完全に、彼女の領分外だった。
「あちらの隅で、眠っていてくれ」
「何だい、それは」
「〈素なる音韻〉により近い、魔術言語だ。非常に強力な単語が多く含まれている。私も文献でしか接したことはないが、もしも詠唱に組み込めば、恐ろしい効果を発揮するだろう。文法の正誤には、細心の注意が必要だが」
 字列に頭脳の全てを動員しているリンドグレンには、「そうじゃなくて……」というエクレイドの抗弁は聞こえていなかった。
 彼女は溜息をつくと、諦めたように隅に行って丸くなった。
 リンドグレンの脳裏には、力を持った言葉の奔流が荒れ狂っていた。一文を解読するのに、相当の気力を消費しなければならなかった。
 床に書かれていたのは、《ことわりを知る者はその災いをも同じき環の中に見出すだろう》という文章だった。
 続いて、彼は壁面の文字に取りかかった。輝いているのは、三カ所だった。
 《知らぬ者は己が身に降りかかるそのときまで、在処を問うことはない》
 《刻むがいい。咎人の如く、その身を戒めし桎梏しっこくは何の故に生まれたか》
 《無言は有言に勝り、沈黙があらゆる者の王となろう》
 最後は、入り口を挟んだ左右の壁の付け根だった。
 その言葉が、最も強かった。睫毛を震わせながら、リンドグレンは読み終えた。
 《有を無に。無は無のままに》
 《かまえて禁ずる。言の葉は、毫末の実も結ぶべからず》
「……」
 彼は嘆息した。全百八十一文字、単語数にして五十四。この呪文を解除しなければ、魔術を用いることはできない。術者の世界への働きかけを、強制力を持った命令文が無効化してしまうからだ。
 第一文に戻って、リンドグレンは頭を巡らせた。固定化された、場に関する術には、施し方と対になって必ず解き方が存在するのだ。魔術を封じる仕掛けの解除法が、魔術の技であるはずがない。おそらく単語の組み替えか、文字の変更のいずれかの手段であろう。
 様々な可能性を、彼の頭脳は推測した。文頭文末を入れ替え、各単語の頭文字を綴り、全てを一文字ずつずらし、いろいろに試してみたが、どれもしっくりこなかった。
 何か、法則性があるはずなのだ。まずはそれを見つけなければ。
 彼の思考に、突然、第五文がひらめいた。
 《有を無に。無は無のままに》
「有を、無……」
 言葉通りに単語を置き換えてみる。さしたる変化はない。だが……。
 彼は熟考の末、《有》の綴りを、《無》のそれに対応させた。二つの単語は、同じ文字数でできている。呪文の全文に含まれる《有》の綴りに使われている文字を、対応する《無》の文字に変換すると……。
 リンドグレンは呻いた。第三文に、次の指示が現れたのだ。
 《新しきは古きに》
 慎重に、彼は作業を進めていった。一つの手順を終えると、すぐに次の指示が待っていた。
 彼はいまや、古代文字の鎖に縛られた囚人だった。鎖の絡まりを冷静に見極め、解かないことには逃れられない。膨大な量の単語群が、彼の思考の海に漂っていた。それらを一つとして取り落とすことなく、作業の終わりまで維持していなければならない。
 己の内的世界にのみ開かれた器官となって、彼は魔術文字の迷宮に没入した。
 何度目の置き換えを済ませたときだろうか。ついに、手掛かりを示す言葉が浮かんできた。
 《移ろわざりしもののみが真実》
 百八十一文字のうち、一度も他の文字に変換しなかったもの。リンドグレンはそれを抜き出した。
「……」
 安堵の息を、彼はついた。部屋の隅で、身を起こす衣擦れの音とともに、明瞭な声が投げかけられた。
「解けたのかい?」
 はっきりとした口調から、エクレイドが眠っていなかったことが分かった。それでも、彼の集中を妨げないためと、限りある空気のために、大人しくしていたのだろう。リンドグレンは言った。
「短剣を持っているか?」
「あるけど。必要かい?」
「ああ」
 エクレイドは彼の元にやってきて、ベルトに挟んでいた短剣を渡した。興味深く見守る彼女の前で、リンドグレンは己の右手の人差し指を、切り裂いた。
「リンドグレン……!」
「血文字を修正するには、血が必要なのだ」
 彼は第一文の上に、大きく、古代語を書いた。薄らいだ文字の上に、鮮やかな朱が重なる。第二、第三の文章の上にも一文字ずつ、上書きしていく。扉の両脇の床を処理し終えると、リンドグレンは、たった今自分が綴った五文字から成る単語を唱えた。正確な発音で。
 《甘受せよ》
 途端、虫の羽音にも似た微かな振動が、低く、部屋中に満ちた。五カ所の魔術文字群が、光を放つ。玄室に静寂が戻ったとき、初めてリンドグレンは断言した。
「解けた」
「……ようだね」
 エクレイドは背伸びをした。
「それで? どうやってここを出るんだい」
「扉を、砂に変える。多少時間がかかるが、これが最も安全だ」
 短剣を彼女に返し、リンドグレンは岩戸に向き合った。対象に五指を触れ、支配の言葉を思い浮かべた。岩、土、砂。それらの名に込められた、本質を強く心に呼び起こす。
「――《コズ・ト・ウル》」
 彼の指に囲まれた部分から、突然、砂がこぼれだした。森の中の湧き水のように、少しずつ吐き出される砂を満足な思いで確認して、リンドグレンは女騎士を振り返った。
「一刻もかかりはしないと思うが……。岩が全て砂に変わるまで、しばらく待ってくれ」
 壁際に腰を下ろして、彼は深呼吸した。石を砂に変えること自体はごく初級の術で、特に消耗を覚えはしなかったが、そこに辿り着くまでの道のりが、いささか彼を疲労させた。
 エクレイドが破顔して、そんな彼を見下ろした。
「相変わらず、見事だな」
 彼が成功することを疑いもしなかった、ある意味落ち着いた口調であった。彼女はそれに、労りをのせて、彼をねぎらった。
「ご苦労様。少し休むといいよ。砂の山は、私がちゃんと見張っているから」
 リンドグレンは素直に肯って、瞳を閉じた。彼女の言う通り、休まなくては。
 全てが終わったわけではない。ここを出て、あの女伯爵と対峙するとき、もし、彼女にこの世にあらざるべき加護が与えられていたとしたら……。
 リンドグレンは考える。
 それを打ち破るのは、自分の仕事なのだ。
update : xxxx.xx.xx
html : A Moveable Feast